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浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)1142号 判決

原告 長沢美和子

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 豊田誠

同 白井劍

被告 鈴木幹雄

右代理人弁護士 片平幸夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告・請求の趣旨

(一)  被告は、原告長沢美和子に対し金二四〇万円、原告月原孝資に対し金一二〇万円及び右各原告に対し右各金員に対する昭和六〇年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告・請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告両名の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら・請求原因

1  訴外サンパール・オーナーズ・クラブ(事務所の住所 東京都豊島区東池袋三の一の一 株式会社大和本社内、郵便代表 同区東池袋一の一三の六。以下、単に「クラブ」という)は、株式会社大和本社を事業母体とし、昭和五七年末ころ設立された総合レジャー・クラブ(権利能力なき社団)である。

2  被告は、昭和四年内務省入りし、警視庁特高部外事課長、福島県警察部長等ののち、昭和二一年二月には島根県知事となり、警視総監、内務次官をも歴任し、昭和二四年からは二期衆議院議員の経験もある著名人であるが、クラブの設立にあたり、その趣旨に賛同したうえ、設立当初から昭和五九年中頃までクラブの理事長をしていた。

3  ところで実際に一般市民を勧誘する業務は、クラブが大和本社の姉妹会社である大和総業株式会社に委託して、行なっていたが、勧誘員は、カラー写真をふんだんに使ったパンフレット、ポスター等を配布し、クラブを「完全出資制の総合レジャークラブ」と銘打って、会員になれば、テニス、ゴルフ、アーチェリー、乗馬・ヨット等々のスポーツの他、旅行、音楽に至るまで、ありとあらゆるレジャー施設を格安で利用でき、また

千葉県山武郡芝山町宝馬字新山二一の五

他合計一八二八〇平方メートル

の土地(以下「本件土地」という)につき、各自「一九〇〇分の一の共有持分が手に入る」などと宣伝する一方、「理事長が元警視総監、元衆議院議員であるから、絶対に安心できる」などと信用させて、勧誘してきたものであるが、原告長沢も、昭和五八年一、二月ころより、クラブの勧誘員からパンフレット等を交付された上で、①「会員権はあとで売ることができる。」②「本件土地の共有権を登記する。」③「各種施設は合宿等の場所にも利用することができる。」等の説明を受け、また被告のような経歴の人が理事長だから信用できると勧誘されたため、理事長が元警視総監であれば信用のおける話だと思い、同年四月一五日、出資金一口一二〇万円、二口合計二四〇万円をクラブに出資し、また原告月原も、同年五、六月ころクラブ勧誘員から、①「会員権は三年後に高く売ることができる。絶対に損はしない。」②「芝山の土地の共有権を登記する。」等の説明を受け、前同様理事長の社会的信用に動かされて、同年六月二八日一口金一二〇万円をクラブに出資してそれぞれ会員となった。

4  しかし現実には近い将来原告らが前記施設を利用したり、本件土地の共有持分を取得したりすることは不可能で、それ故クラブ会員権は無価値であったのに、クラブの勧誘員は、原告らを欺罔し、これが価値のあるもののように誤信させて前記のとおり会員権を買わせ、原告長沢に対し二四〇万円の、同月原に対し一二〇万円の損害を被らせた。

5  その証拠にその後に判明したところでは、クラブは昭和六〇年一月末の大和本社の倒産に伴なって事実上倒産したが、その設立から倒産に至るまでに前記各種施設のうちテニスコート二面等若干の施設をつくったのみであったうえ、本件土地の共有持分登記も履行せず、昭和五八年一一月から同六〇年一月にかけて三回にわたり会員に無断で右土地に金融機関等のため根抵当権を設定していた。

6  被告は、前記のとおりクラブ設立に際し理事長に就任し、昭和五九年中頃までその地位にあり、またクラブに対し約金二〇〇〇万円を融資してクラブの運営を経済的にも支えてきたのであるが、右理事長の地位にある間、同被告の第一項掲記の社会的信用をクラブに利用させたものであるから、被告は、クラブ勧誘員と共同して、原告らに対する前記不法行為を行ったものとして、原告らの前記損害を賠償する責任がある。

7  かりに右主張が容れられないとしても、被告には次のような過失があるから原告が被った損害を賠償する責任がある。

原告ら一般市民にとっては、クラブが信用できるかどうかクラブ会員権に果たして価値があるのかどうかについてその判断材料を全くもちあわせず、かつそれらについて充分に調査する能力も有しないのであり、かれらがこれらを判断する際には、理事長とされている人物の社会的信用が唯一の拠り所とならざるをえないところ、被告の経歴、肩書、社会的地位はまことに輝かしいものであり、その社会的信用は極めて高いから、被告がレジャークラブの趣旨に賛同したり、その理事長であったりすれば、被告の経歴、肩書、社会的地位を知らされた者は、これだけ立派な人が賛同したり、理事長になったりしているのだから、このレジャークラブは絶対間違いがないと信用するのが当然である。それ故被告は、理事長に就任し、またはその内諾を与え、あるいは賛同人として自己の経歴等を公表することを許すにあたっては、自己の社会的信用が一般市民に及ぼす影響力を認識し、クラブの事業内容やクラブ会員権の価値等について調査をおこない、軽々に右のような行動にでることなく、自己の経歴等が利用されることのないような措置を講ずる義務があったというべきである。

しかしながら、被告は、理事長に就任し、少なくとも、賛同人としての自己の氏名、経歴等が一般に公表されることを知りつつ、これを許した。その際、被告はこれらの自らの行動によって、一般市民に損害がおよぶことを認識していたか、あるいは少なくとも認識しえたのにかかわらず、クラブの事業内容等やクラブ会員権の価値について何らの調査もおこなわず、軽々に、理事長に就任し、少なくとも賛同人としての自己の経歴の公表を許した。

8  よって、原告らは被告に対し、損害賠償として原告長沢につき金二四〇万円、原告月原につき金一二〇万円、及び各原告につき右各金員に対する不法行為の後の日である昭和六〇年八月九日から支払済みま年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだものである。

二  被告・請求原因に対する答弁

1  認否

1の事実は否認。クラブが結成組織された事実はない。

2の事実中被告がクラブの理事長をしていたことは否認する。その余は認める。

3、4、5の事実は不知。

6の事実は否認。主張は争う。被告はクラブの宣伝に一切関与していないし、宣伝に当たって被告の氏名経歴を利用することの相談を受けたことはなく、まして利用することを許諾したこともない。

7の事実は争う。被告はクラブの理事長に就任したこともないし、氏名経歴を公表し、これを宣伝のために利用することを許したこともない。

2  主張

(一) 昭和五七年一二月中旬頃、一〇年来の知人である株式会社大和本社の石川順一専務取締役から被告に対して

(1) 右会社が主体となって、スポーツ施設・文化施設等を建設・所有し、会員を募集して施設の利用に供するサンパール・オーナーズクラブ事業を企画・実施いたします。

(2) 株式会社大和本社・大和総業株式会社などの大和グループはこの事業実施のため一〇億円の資金は用意しています。

(3) この事業の趣旨に賛同してください。

との話があり被告は、右石川専務に対して、私は、現在四つのレジャークラブの会員になって旅行・宿泊に利用し、余暇を有意義に過しています。

この個人的な体験からも考えて、石川さんの話された事業は有意義であると思いますので趣旨に賛同致します、と返事をした。

(二)(イ) 翌昭和五八年一月下旬頃、右石川専務から被告に対して、

「将来、スポーツ施設・文化施設等を建設し、会員を募集して、その会員によって組織されるクラブが設立された際にクラブの理事に推せんされ、クラブの理事会が理事長の就任を要請した場合には理事並びに理事長に就任してください。このクラブの理事並びに理事長は名誉職的な立場です。仕事としてはクラブ運営に当って、会員から会社に対して、会員の意見要望を述べ、クラブの円滑な運営を図る機関です。」との話があったので、被告は、右石川専務に、「第一に施設ができることが先決ですが、これから物的・人的な施設組織ができましたら石川さんの御話は隠居仕事として私のような年寄りにも出来ますし、いいですよ。将来クラブが結成組織されて正式に理事に推せんされ、理事の皆さんから理事長就任を要請された場合には就任してもよいでしょう。」と内諾の返事をした。

(ロ) 被告のサンパール・オーナーズクラブ理事長に関連する発言は、石川専務との右のような対話のみであり、他の者とは一切如何なる話もしていない。

(ハ) 被告はすでに齢八〇才になっており、人間は六五才位まで働けば役付きとしては出来る範囲での相談役的なことはしてもよいが、主として余暇を楽しむべきであると考えている。

(ニ) そもそも被告は、原告が主張するような事業を遂行することなど露ほども考えたことはない。

第一に被告は老後の余暇を楽しんでいるのであって、気力・体力的にそのような大事業を遂行することなど出来ないし、又、莫大な資金を調達する能力はない。従って、原告の主張するような事業を、謂わば第一線の現役の責任者として遂行してほしいという話であったなら即座に断わるし、そのような話は誰からも一切ない。

(三) 右のとおり、原告が本訴で主張する事業の遂行に被告は理事長として全く一切関与していない。

勿論、会員券の代金とか報酬とかは一切受領していない。

(四) 被告は、株式会社大和本社石川専務から大和総業株式会社振出の約束手形の割引を依頼され、昭和五八年八月頃、一、〇〇〇万円、昭和五九年二月頃、八〇〇万円、昭和五九年四月頃、五〇〇万円の現金を融資したことがある。これは、大和総業株式会社の有する不動産売掛代金を担保とする銀行融資のつなぎ資金であり、クラブとは全くなんらの関連がない。

(五)(イ) クラブの事業用土地は、面積総合計五、六〇〇坪で総額五億六、〇〇〇万円の価値がある。

負債実質は、約三、〇〇〇万円位である。

施設としてもクラブハウス、テニスコート二面、簡単な宿泊施設、乗馬クラブ、勝山町にウィンドサーフィン、スキューバーダイビングの用具を準備し、宿泊施設があり、現在活動している。

(ロ) 土地については、昭和六〇年二月一七日、クラブの第一回会員総会が開催され、ここに初めて理事会が成立し理事会による会員のための保全等がとられている。

(ハ) 従って原告の認識していた程度の施設があり、クラブ活動をなし、財産保全等がとられているのであるから原告らは金員を騙取された者とは言えない。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  大和本社は昭和五七年一二月ころレジャークラブの設立を企画し、会則を作り、事務所を同社内におき、サンパール・オーナーズ・クラブの名称で発足させたこと

2  その事業計画によれば、大和本社はクラブ施設として、昭和五九年一二月までに本件土地及び周辺の土地を合わせ約五、六〇〇坪の土地に、地上三階地下一階のホテルを建設し、その近くにテニスコート、プール等を作るほか、千葉県山武郡横芝町にも乗馬施設を作り、またそれ以降も遂次都内各所に多目的ホールを建設することなどを計画しており、またそのための資金に充てるため会員募集を行うが、会員募集及びそれに必要な作業はすべて大和本社の関連企業である大和総業株式会社が行うことになっていたこと

3  被告は昭和五七年一〇月ころ以前から交際のあった大和本社及び大和総業両社の取締役であった石川順一からクラブの事業計画(概略)を聞き、その趣旨に賛同し、そのころ石川から賛同人としての経歴を知りたいからといわれて自己の経歴を同人におしえたほか、クラブ発足と同時に大和本社の要請でクラブの理事長に就任したこと、しかし前記のとおり会員募集及びそれに必要な作業はすべて大和総業が行ない、被告は全くこれに関与しなかったため、クラブが一応の形がととのうまでは理事長としての仕事も殆どなく、大和総業の社員の前で一度講演したことと昭和五八年九月に本件土地において挙行された着工式に出席しただけであったところ、昭和五九年夏ごろクラブの勧誘員が会員募集にあたり自己の氏名経歴を利用していることを知り辞任したこと、

二  請求原因2の事実中被告の経歴については当事者間に争いがないところ、この事実と《証拠省略》の各存在によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

三  また《証拠省略》によれば、昭和六〇年一月末の大和本社の倒産に伴なってクラブの事業計画も挫折したが、その発足からこの挫折までの間大和本社は前記の計画施設のうちテニスコート二面等若干の施設を作ったのみで、施設用地である本件土地及び周辺の土地についても昭和五八年一〇月になってようやく同社のため条件付所有権移転仮登記がなされたにすぎず、そして所有権移転登記がなされたのはそれから七ヶ月後の昭和五九年五月であったこと、のみならず所有権移転と同時に右土地につき金融機関のため根抵当権が設定され、原告ら会員のための共有持分登記はなされなかったこと、また大和本社は右計画実現のため約一一億円を用意していたが、その大部分は流通性のない所謂手形で運営資金がもともと十分でなかったため、会員から集めた出資金をこれに充てただけでは足りず、右手形の一部を担保に被告からも約二、〇〇〇万円の融資を受けるような有様であったが、そのうちに資金が枯渇し同社は倒産するに至ったことが認められる。

四  原告らの共同不法行為の主張について

以上の事実からすると大和本社は計画の実現について確実な見通しもないのに会員を募った疑いが濃厚であるといわざるを得ず、クラブ勧誘員らは、被告の社会的信用を利用して、客をしてその計画の実現が確実であり、勧誘に応じて出資しても損はないものと誤信させて会員権購入名下に出資させたことが明らかであるが、もともと会員の勧誘は被告の指揮監督権の及ばない大和総業の社員が行ったものであるから、被告において右勧誘行為が違法であることを認識しながら、敢えて自己の社会的信用を利用することを許した等の事情がない限り被告はこの勧誘について責任を負わないものというべきところ、本件ではこのような事情は認めることはできない。

なお理事としての被告の社会的信用が勧誘にあたり利用されるであろうことは被告においても理事長就任のときからある程度予想できたと思われるが、被告においてクラブ勧誘員の違法な勧誘行為に加担した事実がない以上被告が共同不法行為の責任を負担する理由はない。

五  被告には軽々に理事長に就任した過失があるとの主張について

原告ら一般市民は、クラブが信用できるかどうか、クラブ会員権に果して価値があるのかどうかについて確たる判断材料を持たないから、クラブ会員権を購入するか否かを決定する際には、理事長とされている人物の社会的信用が一つの拠り所になるであろうことは原告ら主張のとおりと思われるが、それだからといって被告がクラブの理事長に就任するにあたり原告らに対する関係で一般的に原告ら主張のような調査義務を負うとは解されない。被告が理事長に就任する時点で、その知り得た情報から、クラブの事業計画の実現が到底無理で早晩挫折することがほぼ確実であることがわかっていながらこれを引受けた等の特段の事情がない限り被告は理事長に就任したこと自体について過失責任を問われないものというべきところ、本件全証拠によっても被告が理事長に就任した当時クラブの事業の挫折を確実に認識していたとは認められないから原告らのこの点の主張は失当である。

六  被告にはクラブの趣旨に賛同し、賛同人としての自己の経歴の公表を許した過失があるとの主張について

被告がクラブの趣旨に賛同したことは前記のとおりであるところ、証人石川順一の証言によれば、その結果前記《証拠省略》のような書面が作成され、これが勧誘のため使われたことが認められる。

ところで大和本社が客に示した右書面の存在自体から被告がクラブの事業に賛同していることはもとよりわかるが、その内容は会員になるか否かについて充分検討して決めてほしいと記載されているにすぎないうえ、もともと著名人などによる賛同行為の客に対する影響力は、すいせんなどに比しさほど大きいとは思われないから、かりにこの点で被告に過失があったとしても被告がクラブの趣旨に賛同したことを以て原告らに対する不法行為ということはできない。

七  以上からして原告らの本訴請求は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井賢徳)

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